› 自然と歴史の中を歩く! › 2018年05月

  

2018年05月31日

「掛塚は湊町だった」―竜洋北小「語り聞かせ」

竜洋北小「語り聞かせ」 5月31日(木)は、磐田市立竜洋北小学校の「語り聞かせ」の日。テーマは「掛塚は湊町だった」。3年1組と2組の児童の前でパワーポイントで作った画像を見せながら、かつての掛塚が湊町として栄え「遠州の小江戸」と呼ばれる町だったことを紹介しました。

 港と聞いても、魚を捕る漁船が出入りする漁港程度を思い浮かべてしまわれがちですが、掛塚湊には大型の帆船が係留され、江戸へ、関西へと天竜川を流れ下って来た材木を運ぶ交易の港。そんな掛塚には商人や職人たちが溢れて賑わっていたのですが、現在ではその面影も失われがち。

 6月9日には「いじゃまいかけつか」が開催され、旧廻船問屋・津倉家の見学もできることをPRし、一緒に「掛塚まちめぐり」をしましょう、と呼び掛けました。

 私の話を聞き取り、すばやく黒板に板書してくれたのは担任の先生です。

  

Posted by みんなと倶楽部 ⚓ 掛塚・斉藤さん at 10:46Comments(0)みんなと俱楽部 ⚓ 掛塚学校・子どもたち・廃校

2018年05月31日

旅の足跡一冊に 水運の歴史も紹介

秋葉街道と天竜川沿いを歩いた旅を本にした小林千展さん◆秋葉街道―天竜川河口180キロ

 信州と遠州を結んだ秋葉街道(国道152号)と天竜川沿いの南北およそ180キロを歩いた長野県原村の小林千展(ちのぶ)さん(61)が、旅の記録をまとめた本「秋葉街道・天竜川 ひとり歩きの旅」(ほおずき書籍)を発行した。小林さんは「歴史や伝統 文化が豊富に残った舞台で感動した。多くの人に魅力を知ってほしい」と話す。

 小林さんは天竜川の源流、長野県の諏訪湖の南東に位置する原村の元職員。昨年春の定年退職を機に、秋葉街道や天竜川沿いを自力で旅したいと思い立った。

 秋葉山本宮秋葉神社(浜松市天竜区春野町)に火よけの札を授かりに行く「秋葉講」の伝統が諏訪地方にもあり「先祖が歩いたかもしれないとロマンをかき立てられた」という。

 昨年4、5月の2回んい分けた旅程で歩いた。長野県の伊那市、大鹿村にまたがる分杭峠を出発、県境を越えて天竜区水窪に入り、高低差のある山あいの道を進んだ。道中では秋葉神社や二俣城跡など名所旧跡も訪ね、計9日間かけて天竜川河口んいたどり着いた。

 本では街道や旧跡の由来、現在の様子を道中に撮影した写真とともに紹介。住民から聞いた話を基に、かつて天竜川が物資の輸送で信州と遠州をつなぐ役割を担い、筏や帆掛け船が往来した歴史なども記した。

我が家に届いた『秋葉街道・天竜川 ひとり歩きの旅』 発刊の動機には、道を案内したり水を分けてくれたりした住民との出会いがあったという。小林さんは「地域の魅力だけでなく、旅を支えてくれた人に感謝を伝えたかった」と話す。

 A5判、200ページ。1000部を作り、一部を浜松市天竜図書館などに寄贈した。価格は1500円(税別)。問い合わせは小林さん=090(1664)2201。(「中日新聞」より)


 私の手元にも、小林さんから『秋葉街道・天竜川 ひとり歩きの旅』が届きました。面白い紀行本です。ぜひ、読んでみてください!  

2018年05月31日

「糸屑みたいな」ババシロアシマルハバチの幼虫

ババシロアシマルハバチの幼虫 「目と目が合うと、気持ち悪くって・・・」と言っていた「山のこごみ」さん。今では「カワイイ!」だって。

ババシロアシマルハバチの幼虫 今年(2018)もオオデマリの葉に大発生した糸屑みたいな虫は、ババシロアシマルハバチの幼虫。虫が纏っている白いロウ質の毛のようなものが動いています。

 目と目があったのですが、私には「カワイイ!」とは・・・?

  

Posted by みんなと倶楽部 ⚓ 掛塚・斉藤さん at 05:46Comments(0)出かけよう!北遠へ昆虫・蝶の図鑑・野生鳥獣

2018年05月31日

秋葉山の自然を訪ねて②―スノキの花

スノキの花 ブルーベリーの仲間の可愛らしい釣鐘状の花はスノキの花。熟した実は食べられるようですが、ブルーベリーほど甘くなく、酸っぱいところから「酢の木」と名付けられたとのこと。

 今まで気づくことがなかったのは、花が少なく、葉の陰に隠れて下向きに咲いているから。

 花の季節は終わりに近づいていましたので、もう少しすれば酸っぱい実を口にすることができそうですが、どうしましょうか?

  

Posted by みんなと倶楽部 ⚓ 掛塚・斉藤さん at 05:45Comments(0)野の花・植物秋葉山・AKG(秋葉観光ガイド)

2018年05月31日

第2回「掛塚まちめぐり」下見ウォーク②―西光寺

国道150号の下を抜けるトンネル 5月29日の「掛塚まちめぐり」下見ウォークは南コース。貴船神社から国道150号の下をトンネル(?)で抜け、浄土宗のお寺、西光寺に立ち寄りました。

西光寺 称名山西光寺の開山は大永元年(1521)と古く、現在は一般の住宅が建っている参道には、塔頭が並んでいたとのことです。

かつての参道 6月9日に開かれる「掛塚寄席」の会場は、このお寺の本堂。出演は、いずれも地元ゆかりの講談師・神田鯉風と落語家・三遊亭楽八。当日券(2,200円)もありますので、大勢のお越しをお待ちしています。


 【関連記事】第1回「掛塚まちめぐり」下見ウォーク①―「いじゃまいかけつか」
  

2018年05月31日

「新緑の佐久間ダム探訪」のおまけ③―普通⇨ワンマン

クモハ313-3017 観光ツアー「新緑の佐久間ダム探訪」の参加者たちが乗り込んだJR飯田線の列車はクモハ313-3017。JR東海の在来線で主力となった313系直流電車です。

 では、「クモハ」とは何を意味しているのでしょう?「ク」は「駆動車」の意味から運転台がある車両、「モ」はモーターがついている車両で、「ハ」は「イロハ」の「ハ」。JR東海が国鉄だった時代、この記号を採用した頃は3等級を意味していました。


普通自由席
右
ワンマン普通

 方向幕の右には「豊橋Toyohashi」ですから、豊橋行きの上り電車。左は、「普通⇨特別快速⇨区間快速⇨快速⇨快速自由席⇨普通自由席⇨ワンマン普通」と回転し、「中部天竜」駅で車掌さんが下りて、ここから先は運転士1人の「ワンマン」運転です。

 島式ホームに岡谷行きの下り列車がホームに入るのを待ち、入れ替わるように駅を離れて行きました。

 【関連記事】「新緑の佐久間ダム探訪」のおまけ①―オオホシカメムシ

 【関連記事】第2回「新緑の佐久間ダム探訪」下見ウォーク①―増水した二俣川
  

Posted by みんなと倶楽部 ⚓ 掛塚・斉藤さん at 05:39Comments(0)ウォーキング・ぶらり旅・町歩き

2018年05月31日

5月20日「新緑の佐久間ダム探訪」⑪―ダムにお別れ

ダムにお別れ 5月20日の観光ツアー「新緑の佐久間ダム探訪」参加者の中には、最初から歩くのに自信がない、との申し出を受けていました。そのため、改めて体調と意向とを確認し、3人は佐久間観光協会の車でJR飯田線「中部天竜」駅に送ることになりました。

 残りの参加者は駅までウォーキング。佐久間ダムとはお別れです。

ダムにお別れ 佐久間ダムが完成したのは昭和31年(1956)でしたので、その年齢は還暦過ぎの62歳。まだまだ腰の曲がる歳ではありませんが、そろそろ疲れが貯まって来る歳。ダム湖の堆砂を運び出すダンプカーとは日曜日の20日には出合いませんでしたが、私の体に貯まっている加齢による疲れに似たようなものかも知れません。

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Posted by みんなと倶楽部 ⚓ 掛塚・斉藤さん at 05:19Comments(0)ウォーキング・ぶらり旅・町歩き

2018年05月31日

5月19日「新緑の佐久間ダム探訪」⑫―河川内仮設道路

河川内仮設道路 5月19日も帰り道は県道1号を大きく回るコース。県道1号が大きくカーブする場所で足を止め、原田橋崩落事故以来、佐久間地区と浦川地区をつなぐ河川内仮設道路を眺めていただきました。

 原田橋は天竜川を挟んで東西に位置する両地区を結ぶ大切な橋だったのですが、突然の崩落以降、住民たちは不自由な暮らしを強いられているのです。もしも、大雨が降って佐久間ダムの放流がされた場合、橋脚が低い仮設道路の沈下橋は水没。JR飯田線だけが頼りの生活になります。

河川内仮設道路を眺める参加者たち そして、飯田線が不通になれば新聞も届かず、林道を大きく迂回するしかないのですが、この道も冬には凍結してしまいます。

 緑に囲まれ、目にもやさしい癒しの地域の佐久間ですが、現実の生活には大きな不自由が伴っているのです。

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Posted by みんなと倶楽部 ⚓ 掛塚・斉藤さん at 05:19Comments(0)ウォーキング・ぶらり旅・町歩き

2018年05月31日

初夏を迎えた「あいづき昆虫館」⑩―ユウマダラエダシャク


Posted by みんなと倶楽部 ⚓ 掛塚・斉藤さん at 05:15Comments(0)出かけよう!北遠へ昆虫・蝶の図鑑・野生鳥獣

2018年05月31日

お手引き坂を歩いて行者山へ登る⑦―集落守護の役の行者

行者山の石段 役の行者が納められている石の祠は30段続く石段の上。行者山と呼ばれる小ピークの山頂からは船明の集落を見下ろすことができ、集落南端の山頂の毘沙門天と向かい合いように祀られているとのことです。

役の行者 おそらく、かつては行者山の木々は薪材として集落全体で有効に使われていたはず。ところが、現在では大きく茂った木々の枝や葉が視界を妨げ、辛うじて船明ダムが覗ける程度です。

行者山から見下ろした船明ダム 手入れされない里山を、一口に「荒れている」とは言い切れないとは思います。しかし、長年にわたり人間と共存して来た環境が自然の力で原生に戻るには、さらに長い年月がかかりそう。それが人間にとって都合の良い環境になるとは思えませんので、少なくとも船明の人々に暮らしぶりが行者山の役の行者の目に触れる程度に手入れしていただけたらと願います。

 理想を言えば、「お手引き坂」ではなく「お手入れ坂」。でも、見下ろせるのが、市営墓地に並ぶ墓石だけでは、寂しい話です。

 【関連記事】お手引き坂を歩いて行者山へ登る①―「船明のお手引き坂」