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2018年05月21日

5月19日「新緑の佐久間ダム探訪」②―「なかっぺはし」の字は依田先生筆

「なかっぺばし」に向かう参加者たち 今いる佐久間町中部の「中部」は、「中部天竜」駅では「ちゅうぶ」と読みますが、地名としては「なかべ」、さらにかつては「なかっぺ」と読んだという歴史を解説した後、渡る吊り橋の橋塔には「なかっぺはし」の銘板が掲げられています。

「なかっぺはし」の字 今回、ガイド役として参加していただいた依田さんは、中部に生まれ育った人。その依田さんが、「この『なかっぺはし』の字は、地元で教師をしていた依田先生が書いたんです」と教えてくれましたので、てっきり家族かと思ったのですが、同姓ですが親戚ではないそうです。

「なかっぺばし」 かつて橋の名を表記する時には、大雨が降って水が濁ることを嫌い、わざと濁点を付けないことが一般的でしたので、「なかっぺはし」と書かれていても「なかっぺばし」と読むはず。その「なかっぺばし」は、昔も今も地元の人の大切な生活道路です。

 そんな大切な橋の名を今に残す依田先生とは、どんな人だったのでしょう?地元の人でしか知りようがない、忘れてはいけない郷土の歴史です。


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