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2018年03月08日

「新緑の佐久間ダム探訪」下見ウォーク①―飯田線「中部天竜駅」

飯田線「中部天竜駅」 今年(2018)5月に予定されているJR東海と阪急交通社とのコラボ企画「新緑の佐久間ダム探訪」下見調査のため、JR飯田線「中部天竜駅」から佐久間ダムまでの片道約4キロを歩く機会を得ました。

 参加したのは、天竜区観光協会佐久間支部の邑瀬さん、阪急交通社の伊藤さんと私の3人。集合場所となったのは「中部天竜駅」。ガイド役を務めることになる私としては、ここで「中部天竜駅」の名称変遷について振り返ってみました。

飯田線「中部天竜駅」 昭和9年(1934)11月11日、現在の「飯田線」の元となった「三信鉄道」が「三信三輪駅(現・東栄駅)」から延伸し、現在の「中部天竜駅」が終着駅となった時の名称は「佐久間駅」だったのです。

貨物側線と貨物ホーム跡 しかし、翌10年に「中部天竜駅(なかっぺてんりゅうえき)」へと改称され、同18年、「三信鉄道」が「飯田線」の一部として国有化されて国鉄の駅となり、「中部天竜駅(ちゅうぶてんりゅうえき)」に呼称変更されました。

 現在の「佐久間駅」が現在の地に開業したのは、佐久間ダム工事により飯田線が路線変更をよぎなくされた昭和30年(1955)のこと。現在の佐久間発電所、当時のダム建設用セメントサイロまで延びていた貨物側線や貨物ホーム跡が、北遠の近代化遺産として現在も「中部天竜駅」周辺に残っています。



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