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2018年03月28日
「新緑の佐久間ダム探訪」下見ウォーク㉑―埋められたレール
B型鉄橋の舗装の下から、鉄道のレールが覗いています。
実は「佐久間ダム」建設に伴い、資材を中部天竜駅から対岸のセメントサイロまで運ぶためのレールを敷設。引込み線は、天竜川対岸のセメントサイロ(現在の佐久間周波数変換所)に運ぶため、中部鉄橋(B型鉄橋=中部大橋)を渡りました。このレールは、その引き込み線のもののようです。
「飛龍橋」が描かれていると紹介した、古い絵葉書「自然と人工の調和美 佐久間ダム」の裏表紙のイラストマップには、この引き込み線も描かれています。
では、現在のようにB型鉄橋を人や動車が渡ることができるようになったのは、引き込みが廃止されてからだったのでしょうか?
この鉄橋は当時から歩道が併設され、自動車も鉄道の同時に軌道上を走れる併設橋だったのです。そのため、現在の中部大橋のアスファルトの下には、レールが当時のまま残され、地元の人たちは50年以上も過ぎてなお「B型鉄橋」の愛称で呼んでいるのです。
実は「佐久間ダム」建設に伴い、資材を中部天竜駅から対岸のセメントサイロまで運ぶためのレールを敷設。引込み線は、天竜川対岸のセメントサイロ(現在の佐久間周波数変換所)に運ぶため、中部鉄橋(B型鉄橋=中部大橋)を渡りました。このレールは、その引き込み線のもののようです。
「飛龍橋」が描かれていると紹介した、古い絵葉書「自然と人工の調和美 佐久間ダム」の裏表紙のイラストマップには、この引き込み線も描かれています。
では、現在のようにB型鉄橋を人や動車が渡ることができるようになったのは、引き込みが廃止されてからだったのでしょうか?
この鉄橋は当時から歩道が併設され、自動車も鉄道の同時に軌道上を走れる併設橋だったのです。そのため、現在の中部大橋のアスファルトの下には、レールが当時のまま残され、地元の人たちは50年以上も過ぎてなお「B型鉄橋」の愛称で呼んでいるのです。
Posted by AKG(秋葉観光ガイド)の斉藤さん at 05:21│Comments(0)
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