› 自然と歴史の中を歩く! › ウォーキング・ぶらり旅・町歩き › 歴史・産業遺産・寺社・文化財 › 我が故郷の気賀(きが)を歩く⑲―本陣中村家跡

2020年08月03日

我が故郷の気賀(きが)を歩く⑲―本陣中村家跡

「気賀宿本陣中村家跡」の解説看板 国道362号を西へと歩いて行くと、天浜線「気賀」駅からの道とのT字路に「気賀宿本陣中村家跡」の解説看板が建てられていました。

 気賀は、天正15年(1587)本多作左衛門によって宿と定められ、東海道本坂道(姫街道)でもっとも重要な宿場となり、本陣は中村家がつとめました。
 本陣とは、江戸時代の宿場に置かれた、大名、公家、幕府役人など貴人のための宿泊施設です。
 宇布見村(現在の雄踏町)の中村家は、徳川家康の次男秀康が生まれた家として知られています。中村家の次男与太夫は、本多作左衛門の世話で気賀の代官となり、これが後に気賀宿本陣中村家となりました。中村家は代々与太夫を名のり本陣として栄えました。
        平成6年10月1日
        浜松市教育委員会


「氣賀宿本陣址」の石柱 看板が建てられていた奥では、建設重機が入って工事中。その少し先に「氣賀宿本陣址」の石柱もあり、正確な位置は分かりませんでしたが、この辺りが気賀宿本陣だったのだろうと思います。

 それにしても、姫街道を通った貴人とは誰だったのでしょうか?新居関所を避け、あえて本坂峠越えの姫街道を歩く事情のあったお姫様や付き人たち?





同じカテゴリー(ウォーキング・ぶらり旅・町歩き)の記事

上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
我が故郷の気賀(きが)を歩く⑲―本陣中村家跡
    コメント(0)