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2020年07月23日

我が故郷の気賀(きが)を歩く⑧―赤池

赤池跡 要害堀に沿って歩いて行くと、赤池があった場所に出ました。石碑に刻まれた内容は・・・

赤池様の由来

赤池様の由来明応七年(一四九八)夏、遠州一帯に大きな地震が起こりました。浜名湖が海とつながったといわれる大地震です。その時の大津波で浜名湖の南の端(現在の新居町)にあった角避比古神社(つのさくひこじんじゃ)のお宮も流されてしまいました。
翌年、浜名湖の北のここ赤池の里にご神体がお福面と一緒に流れ着きました。里の人々は近くのお仮屋(かちや)に大切に奉ったそうです。にちに現在の細江神社にお宮を移し、牛頭天王(ごずてんのう)として気賀の里の総氏神としました。以来、ここは赤池様と呼ばれ親しまれてきました。
今も毎年七月に行われる祇園祭に神輿に乗ったご神体がこの赤池に巡幸、神事が行われます。そして神輿は舟に乗せられ、落合河岸、都田川を下り西気賀まで湖上渡御をするのです。

 平成十年(一九九八)三月吉日    細江神社


祇園祭のモニュメントとレリーフ 近くの地域名は、確か東仮屋(ひがしかりや)・西仮屋(にしかりや)だったはず。以前は小さな池があったと記憶していますが、現在では小公園に造り変えられ、私も乗ったことがある祇園祭の屋形の石製モニュメントやレリーフがあるだけ。令和年(2020)の祇園祭は、新型コロナウイルス感染症の影響を受けて中止されました。





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