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2020年05月03日

我が故郷の「姫街道」を歩く⑬―宗安寺跡

宗安寺跡 服部中保次の墓に立ち寄った後は、「小平太を祀ったとされる宗安寺の跡」を訪ねました。

新谷(あらや)の宗安寺

 新谷は、江戸時代には落合の渡しの宿場町でした。
 この新谷を見下ろす丘の上にあった宗安寺は桶狭間の戦い(元禄3年1560)で今川義元を討ち取った服部小平太中安次がまつられた寺でした。明治時代の廃仏毀釈により、現在は石段と庭の一部、石仏が残っているだけとなりました。

  平成6年3月25日
                     細江町教育委員会


「新谷の宗安寺」の解説看板 これが、現地に建てられていた解説看板の内容。ここで気になったのは、現在の地名表記では「新屋」のはずですが、元々は「新谷」だったのか?それとも元から「新屋」なのか?

 もしも看板の通りだったとしたら、老ヶ谷(おいがや)に対して、新しく出来た集落を「新谷」と名付けたとも考えられますが、私は、新しく出来た町屋が並ぶ集落「新屋敷」が転じて「新屋」となった聞かされています。

 私の知る限り、「新谷」と表記されているのはこの看板だけ。真偽のほどは不明。境内跡を探索してみましたが、石仏とされる地蔵は見当たりませんでした。

 【関連記事】我が故郷の「姫街道」を歩く①―旧姫街道


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