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2017年11月06日

「遠州の小江戸」掛塚の文化遺産・津倉家住宅56―将棋盤裏に書かれた津倉勘六の名

碁盤と将棋盤 洋間の片隅に裏返しで置かれた碁盤と将棋盤に目が留まりました。

 将棋盤は裏返しに置かれていたからこそ見ることができたのは、繰り返し書かれている「津倉勘六」の名。「河け塚 江戸屋勘六」「遠州長上郡掛塚港 津倉勘六」「遠陽掛塚港 津倉勘六」など。かつての津倉家の歴代当主は、勘六を名乗っていたそうです。

 将棋盤ですから、使われている木はおそらく榧(かや)。クチナシの実を象ったと言われる通りの形をした脚が付き、真ん中には血溜まりと言われる溝が刻まれています。

将棋盤 この碁盤と将棋盤についての記述と思われる内容が、明治19~20年に津倉勘六の日記として書かれた『必携』と題した文書に残されています。

十一月十九日西北風晴
 ・・・京橋より神田迄店火鉢・碁盤等買入ニ行ク。


 この碁盤と将棋盤は、きっとその時(明治20年)に購入されたもの。碁笥(ごけ)に入った碁石は、もちろん那智黒石と蛤でした。

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