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2017年10月06日

「遠州の小江戸」掛塚の文化遺産・津倉家住宅㉕―額入り障子

額入り障子 障子の中央に額縁のようにガラスを入れたものを「額入り障子」と呼びます。旧津倉家住宅の障子は同じデザインではありませんが、1階にも2階にも「額入り障子」がたくさん使われているのは驚きです。

額入り障子 驚きと言うのは、津倉家住宅が建てられた明治22年(1889)頃には、国産の板ガラスの工場生産は行われてはいないようなのです。

 三菱財閥2代目当主岩崎弥之助の次男、岩崎俊弥が旭硝子を設立したのが明治40年(1907)。当時板ガラス先進国であったベルギーの手吹き円筒法の技術を導入して板ガラスの生産を開始したのは同42年(1909)のこと。

額入り障子 ・・・となると、津倉家住宅で見られるガラスは、舶来ガラスであったか、一点物のどちらか。いずれにしても、大変高価なガラスだったことになります。

 しかも、ガラスの周囲が「紐抜き」と呼ばれる額縁のようなつや消しになっています。このつや消しにしても、当時はまだサンドブラストによる擦りではなく、薬品を使ったエッチング法だったのかも知れません。

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