2021年02月11日

冬の八丁坂を登る⑭―戦争の残影

明光寺の鐘楼 そして、もう2つ目は鐘楼の梵鐘。「往古梵鐘者 当太平洋戰爭 遭微而梵音忽消 於此乎菩提 爲戰没英霊菩提 檀信徒寄進霊鐘一基 鐘声佛事全矣」と刻まれ、供出で失われた梵鐘が新たに奉納されたのは戦後の「昭和二十八年一月」(1953)。戦死者の霊を慰める物悲しい鐘です。

「往古梵鐘者 当太平洋戰爭 遭微而梵音忽消 於此乎菩提 爲戰没英霊菩提 檀信徒寄進霊鐘一基 鐘声佛事全矣」 貴船神社境内にも忠魂碑が建てられていました。忠魂碑の前には2匹の狛犬が向かい合い、「忠魂碑」の字を書いたのは「陸軍大将正三位勲一等功一級伯爵寺内正毅書」。

貴船神社境内の忠魂碑 忠魂碑の下段に嵌め込まれた「護国殉難精霊銘記」には、多くの戦死者の名前が並び、GHQにより禁止された戦時用語「大東亜戰争」と刻んでありました。




 【関連記事】第12回浜背負い祭り①―浜背負い時代行列



同じカテゴリー(出かけよう!北遠へ)の記事

上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
冬の八丁坂を登る⑭―戦争の残影
    コメント(0)