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2017年12月17日

八丁坂を登る⑬―明光寺境内に建てられた「じん肺物故者慰霊碑」

明光寺 明光寺峠の名の由来となったのは、峠にある大鏡山明光寺。開山は慶長5年(1601)と伝えられる曹洞宗の古刹です。その境内には「じん肺物故者慰霊碑」が建てられています。

 遠州じん肺訴訟は昭和五十三年十二月十一日損害賠償請求を提訴し 十年余りに及ぶ長期裁判の結果 平成元年二月十日 東京高裁において和解を成立させ すべての訴訟に勝利的和解を獲得した

 又 遠州じん肺訴訟に加わらず 古河鉱業 日本鉱業 間組 飛島建設に勤務し じん肺で殉職された方と併せて 謹んで慰霊碑を建立する


じん肺物故者慰霊碑 これが、碑面に刻まれた文面の全文です。

 久根鉱山では、鉱毒公害を避けるため古河鉱業が経営に乗り出して以来、鉱石の精錬までは行われなかったのですが、空中に浮遊する粉塵を吸い込むことにより、塵肺の発症を防ぐことまではできませんでした。

 「遠州じん肺訴訟」は全国初の金属鉱山集団じん肺訴訟。裁判は昭和53年(1978)に開始され、平成元年(1989)2月10日に和解成立。10年を超す長い法廷闘争の末の勝利的和解を記念するため、原告団、弁護団、久根支部自治会の連名で建立された慰霊碑は、今も明光寺境内から久根の山を見下ろしています。

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