我が故郷の気賀(きが)を歩く⑦―要害堀
「我が故郷の気賀(きが)を歩く」は一旦、「気賀四ッ角」へと戻ります。ここで直角に右折する国道362号南にもう1本の道があり、その道脇に設けられている側溝のような水路が、気賀関所と気賀宿を護る要害堀だったのです。
静岡県教育委員会文化課編集の『静岡県歴史の道 姫街道』によれば・・・
149 要害堀 引佐郡細江町上町
①気賀関所の防備のために設けられた堀である。関所東門付近から宿の南側に沿って設けられていた。
②現在も要害堀の跡が、気賀四角付近から西に残っており、幅一・八メートルである。
要害堀は都田川支流の葭本川まで続いています。堀の壁はチャートを積んだ石壁。今では水量は少ないのですが、おそらく江戸時代の要害堀には物資を運搬する小舟も往来していたと思われます。
防御と物流の両面を担った要害堀に沿って少し西に進んだ所は、劇場・映画館の「気賀座」があった場所。この先には赤池があるはずです。
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