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2017年06月23日

縣藤七郎の「懐恩碑」を訪ねる②―長谷川貞雄題額

縣藤七郎の「懐恩碑」 そして、縣藤七郎の「懐恩碑」の最初の1行には「貴族院議員従四位勲三等長谷川貞雄題額」の文字が刻まれていました。

「長谷川貞雄」の文字 明治38年(1905)に他界した長谷川貞雄の最終的な位階は「従三位勲二等」でしたが、「懐恩碑」の文字を書いた明治32年(1899)には「従四位勲三等」。同28年(1895)には東京から浜松市松城町に移住していました。

 森田町にある縣藤七郎の「懐恩碑」は、縣藤七郎の功績を讃える記念碑であるのはもちろんですが、磐田市川袋で育った郷土の偉人、長谷川貞雄を知る者にとっては、その名が刻まれた貴重な史料と言えると思います。


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