2017年05月16日
郷土の偉人・長谷川貞雄について振り返る⑯―十郎島・八幡神社幟旗
磐田市川袋の長谷川家で教えていただいた話―十郎島の八幡神社祭礼の幟旗も長谷川貞雄が書いた文字との情報に基づき、21016年8月13日、「みんなと俱楽部 ⚓ 掛塚」の名倉愼一郎さんが調査に出向いてくれました。そして、届いた写真には、鳥居奥に翻る「八幡神社御祭禮」の幟旗が写っています。
さらに幟旗の下部には、「正四位長谷川貞雄謹書」の文字が。間違いありません。
幟旗は「昭和五十一年八月再製」ですが、江口の八幡神社の幟旗と同じ「藤原貞雄」「秋岳之印」と読める落款が見られます。「正四位」ですから、白羽神社の位階と同じ。明治維新では遠州報国隊員として討幕隊に参加し、海軍主計総監、貴族院勅選議員を務めて中央政界で活躍した長谷川貞雄に違いありません。
幟旗を大切に継承し、長谷川貞雄とは何者であるのかについて、後世に伝えて行くのは、私たちの世代の仕事だとは思いませんか?
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さらに幟旗の下部には、「正四位長谷川貞雄謹書」の文字が。間違いありません。
幟旗は「昭和五十一年八月再製」ですが、江口の八幡神社の幟旗と同じ「藤原貞雄」「秋岳之印」と読める落款が見られます。「正四位」ですから、白羽神社の位階と同じ。明治維新では遠州報国隊員として討幕隊に参加し、海軍主計総監、貴族院勅選議員を務めて中央政界で活躍した長谷川貞雄に違いありません。
幟旗を大切に継承し、長谷川貞雄とは何者であるのかについて、後世に伝えて行くのは、私たちの世代の仕事だとは思いませんか?