2019年12月02日
東海道・二川宿を歩く⑱―三つ葉葵紋
二川・山住神社社殿を覗くと、そこに見えたのは徳川家の「三つ葉葵」紋。山住神社と徳川家康との浅からぬ関係を示す「三つ葉葵」紋には、次のような言い伝えがあります。
水窪・山住神社の葵紋は、元亀3年(1572)、武田信玄との合戦に敗北し、徳川家康が山住神社に逃げ込んだ故事に由来しています。
武田軍の追っ手が迫ると空がにわかに曇り、辺りは夕闇のようになりました。すると、どこからとなく山犬の鳴き声が湧き上がり大音響となり、この声に恐れをなした武田軍は退散。難を逃れた家康は山住神社を大変崇拝したと言われます。
水窪・山住神社の葵紋は、元亀3年(1572)、武田信玄との合戦に敗北し、徳川家康が山住神社に逃げ込んだ故事に由来しています。
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これが、山住神社の神紋が「三つ葉葵」となった経緯。二川に山住神社が祀られているのには、三河で生まれた家康とのつながりがあるのかも知れません。