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2018年05月16日

第1回「掛塚まちめぐり」下見ウォーク⑥―勇次郎・丑五郎の碑と香集寺

勇次郎・丑五郎の碑 掛塚本町の北の外れに並んで建てられているのが、鈴木勇次郎翁寿碑と鈴木丑五郎顕彰碑。2人とも掛塚の発展に尽した人物として、その功績が刻まれた大きな石碑です。

 鈴木勇次郎は、「遠州の渋沢栄一」とも言われ、静岡県西遠地方の銀行組織を作り上げた、掛塚生まれの平野又十郎の家であった「森岡の家」を建てた名工。掛塚に残る又十郎生家(林家住宅)も勇次郎が建てたものです。

 そして、鈴木丑五郎は荷車製造や醤油醸造業。発明や工夫が好きだったらしく、その他にはもぐら捕獲機、酒粕蒸留器なども考案したと言われています。また、村会議員、掛塚農会長、葉煙草収納組合長など多くの公職に就いた人物。

香集寺 勇次郎・丑五郎の碑の奥にある香集寺は臨済宗方広寺派のお寺。方広寺派の本山、奥山方広寺の開山である無文元選禅師が、中国からの帰路、東シナ海で台風に見舞われ、遭難寸前の無文元選禅師を助けたのが天狗の姿をした半僧坊。

 そんな経緯により、奥山方広寺(通称半僧坊)は海難から逃れる厄除の祈願所として有名になり、望海山香集寺も掛塚の船乗りたちの信仰を集めたということ。

 6月9日に開催される「掛塚まちめぐり」参加者には、香集寺所蔵「幕末の三舟」の書なども見せていただける予定です。ぜひ、ご参加ください!

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