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2024年10月28日

奥三河・足助のまち歩き㉑―道標と道路元標

道標 私が旧道を歩く時、ついつい探してしまうのは道の分岐点などに建てられている古い道標。多くは、石柱に文字を刻んでありますので、古い時代のものである可能性があるのです。

 先に紹介した「足助山稲荷道 是より約三丁」やその隣りにあった「終点」と刻まれた石柱も道標ではあるのですが、今回紹介する街角に残された道標には「弘化二年乙巳九月」「右ほうらい寺」「左ぜんこう寺」の文字が刻まれ、江戸時代末期の西暦1845年の建立。

「右ほうらい寺」「左ぜんこう寺」の分岐点 六、弘化三年(一八四六)の道標
伊奈街道は塩の道であるとともに善光寺へ詣でる善男善女の道でもありました。ここから遠州街道(鳳来寺道)が分かれておりました。町内のあちらこちらにこのような道しるべが残されております。
    足助町文化財保護委員会


 解説看板には「弘化三年(一八四六)」と書かれていましたが、実際に刻まれている文字は私が見た限りでは「弘化二年乙巳九月」。

道路元標 そして、別の場所で見かけた「足助町道路元標」は、おそらく大正8年(1919)11月に公布された旧「道路法」によって建てられたもの。ここも、主要街道の分岐点となった分岐点。

 ちなみに、かつての足助村が足助町となったのは明治23年(1890)12月17日。道路元標に「足助町」と刻まれていましたので、明治23年以降の建立であるのは間違いありません。




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