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2020年09月18日

道祖神のまねきにあひて⑨―「神沢の百万遍念仏」

神沢の六所神社 むかしの村々では、大きな珠数(じゅず=原文のまま)を回して村人の安全を祈願する百万遍念仏が流行ったものである。

 この念仏は、後醍醐天皇の命により、京都の智恩寺で行なわれていたものが、やがて地方に広まったものだと、伝えられている。

 熊の里の神沢部落でも、昭和の初期ごろまで毎年二百十日の厄日になると、六所神社の拝殿に部落内の大勢の人を集めてとり行なったという。

 神沢の珠数は百八個の大玉(径十センチ、厚さ五センチぐらい)を、麻の綱に通して輪にしたもので、人々は大きな円を作って座り、この大珠数を持って互いに回したのである。

 まず神前で神主が祝詞をあげ始めると、鐘たたきの人が勢いよく鐘を打ち鳴らす。すると音頭とりが
「光明辺(遍=原文のまま)照(こうみょうへんじょう) 十方世界(じっぽうせかい)
 念仏衆生(ねんぶつしゅじょう) 摂取不捨(せっしゅふしゃ)」
と、二、三回唱えたあと、みんないっせいに、
「なんまいだー。なんまいだー。」
と言いながら珠数を回し始める。その時、中に数取りと呼ばれる役の人がいて、珠数が何回回されたか木札を使って、しっかり数えたものだという。

 この念仏の間中、鐘は勢いよく打ち鳴らされ、それは人々の
「なんまいだー。」
の声と共に、部落内に流れていった。

 これで部落の悪霊を追い出し、一年間無事に過ごせるというわけであるが、雨ごいの行事として百万遍念仏を行なうところも、各所にあったと言われている。

 神社の拝殿で“なんまいだー”という、おもしろい形の『神沢の百万遍念仏』・・・・・・。

 こういう話をして下さるお年寄りは、もう数えるほどしかいない。(「ふるさとものがたり天竜・第6章熊地区」より)

     ◆       ◆       ◆       ◆

道祖神 「光明遍照 十方世界 念仏衆生 摂取不捨」とは、「仏の慈悲の光は、漏るることなく世界を照らし、その仏の名を呼ぶ者を、決して見捨てはしない」の意味する『観無量寿経』の一節。神社で、しかも神主の祝詞の後に唱えられたというのが特徴的ですが、かつての民衆にとっては、神仏を分ける理由もなかったのでしょう。

 浜松市天竜区神沢の六所神社近くには、道祖神が祀られています。半分ほど埋もれていますが、よく見ると向って右側の1基は「双体道祖神」。閏年でない年の「二百十日」は9月1日。以前は、「百万遍念仏」と同じ日に、六所神社境内の沢水を柄杓に汲み取って、この道祖神に供えると「五穀豊穣」の願いが叶うと言われていたそうです。



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