2021年05月31日

磐田市駒場の駒場神社⑦―藤助稲荷

駒場神社の境内社 駒場神社の境内社は稲荷神社を真ん中に、向かって右に前回紹介した春埜山大光寺があり、左に祀られているのが藤助稲荷です。藤助稲荷とは・・・

藤助稲荷 藤助稲荷は、明治の前から駒場の八組(昔はこの辺りを稲荷前といい、通称七軒丁と呼んでいる)の地内に祀られていたが、明治の末頃、駒場字中瀬(草競馬が開かれ、稲荷町と呼んでいたところ)のお稲荷さんに合祀された。

 或る夜、藤助様という家のお爺さんの夢枕に、稲荷さんが白髪白衣姿で顕れて、
「わしは、稲荷前のもとの屋敷に帰りたい。」
とお告げになったため、藤助爺さんは、八組地内のもとの境内に祠を建ててお祀りしたということで、藤助稲荷と呼ぶようになった。

藤助稲荷 その後、大正に入ってから、藤助爺さんの縁者と七軒丁の人達が、これからは産土神としてお祀りしようと定め、毎年七月二十九日を例祭とし、お祀りしてきたが、土地改良工事のため、遷宮し、この境内地に鎮座しているのです。(「現地看板」より)


 稲荷神は「商売繁盛」の神と解釈されることも多いのですが、本来は稲を象徴する穀霊神・農耕神。藤助稲荷は小さな祠ですが、地域にとっては縁深い神社のようです。



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