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2017年07月26日

光明電気鉄道の面影⑮―「大谷トンネル」南坑口跡

大谷隧道南坑口跡 光明電気鉄道が営業運転をしたのは「二俣町」駅まで。しかし、夢物語に終わってしまいましたが、北遠の豊かな森林資源や鉱石の輸送を担い、さらには長野県まで延ばして中部日本を横断させるという壮大な目的を持っていたようです。

 夢の実現への道筋として、船明までは工事が進んでいたのは事実。その遺構となる「大谷(おおや)トンネル」の跡は、「内山真龍資料館」北の山の中に残っていました。

大谷隧道南坑口跡 トンネル跡は既に埋め戻され、わずかに上端部と笠石、右側の擁壁の一部が覗くだけでしたが、大谷の山の中に残されたかつての夢の跡。場所は、宇佐八幡神社を通り過ぎ、船久保(ふなくぼ)の厩舎の奥に少しだけ入ったところです。

 地元の人の話によれば、電鉄のルートは「内山真龍資料館」側の予定だったとのこと。「トンネルは、大谷西沢ダム工事の時に埋められたんだ。もちろん、歩いて抜けたことはあったよ。光明電鉄か佐久間線のどちらかが完成していれば、ダムの堆砂を運び出すのも楽だっただろうになあ?」と話してくれました。



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