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2017年03月30日

掛塚の繁栄を振り返る③―明慶丸の奉納額

明慶丸の奉納額 もう1枚の船は、紙に描いた絵を額装したもの。「奉納 明治廿六歳巳 八月吉日」と書かれていますので、西暦1893年の奉納です。

 掲げられている旗には、松下家の家紋である「丸に蔦」。幟には「明慶丸」らしき文字が。「明治廿六年九月現在船舶表」によれば、「明慶丸」は先に紹介した松風丸と同じく、サスナカ松下文次郎の持ち船です。

 青い海原の背景も松風丸と同じように雪をいただいた富士山が描かれていますが、こちらの富士の脇からも、やはり朝日が顔を出しています。上荷の荷崩れを防ぐための大きな蛇腹垣を装着した「明慶丸」の進行方向の右手に富士が見えるのは、江戸からの帰帆を描いたということでしょうか?

 紙に描かれていますので、色は鮮やかに残っているのですが、残念ながら破損劣化が気になります。



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Posted by みんなと倶楽部 ⚓ 掛塚・斉藤さん at 05:44│Comments(0)みんなと俱楽部 ⚓ 掛塚
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