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2020年09月26日

神か?仏か?①―行者山の役行者

行者山の役行者 修験道の開祖と言われる役行者(えんのぎょうじゃ)の本名は、役小角(えんのおづぬ)。7世紀の中頃に大和葛城で生まれ、藤の皮をまとい、松の葉を食べて修行すること30余年。遂に特異な呪術を体得しました。

 昼は五色の雲に乗って仙人の祠に通い、夜は山中の鬼神を使い、水汲みから薪拾いまでさせ、役行者に従わない者はなかったと言われています。

 陰陽道や密教の考えを、日本固有の山岳宗教へ取り入れて確立させたのが修験道。仏教と神道の両方の要素を含む神仏混淆の宗教形式を取り、お経と祝詞の両方を唱えますが、役行者を偶像化した「神変大菩薩」は神でしょうか?それとも、仏でしょうか?

 明治元年(1868)の神仏分離令に続き、同5年(1872)の修験禁止令により、仏教色を薄めて教派神道と姿を変えたり、天台、真言の仏教団体に所属されたりの変遷を経て、現在では金峰山修験本宗、本山修験宗、真言宗醍醐派などとして、その伝統を引き継いでいます。

唐破風屋根の「卍」 さて、ところで、役行者は神か?仏か?の問いの答えですが、浜松市天竜区船明(ふなぎら)の行者山に祀られた役行者石像が納まる石室の唐破風屋根の法輪の上には、仏教の吉祥を表す「卍」が刻まれています。「卍=仏教」と言い切ることはできないかも知れませんが、何となく、仏教色が強い感じがします。

 左手に巻物と右手に錫杖を持ち、高歯の下駄を履いて腰掛ける役行者の視線は、行者山の麓に広がる船明の集落を、今でも見下ろし続けています。

 *記事は、私が書いていたNPO「天竜川・杣人の会」のブログ「出かけよう!北遠へ ふるさと散歩道」に掲載したもの。同ブログは終了しましたので、過去記事を再掲載させていただきました。




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