2020年01月24日
東海道・木原を歩く⑨―「戦捷紀念」の石鳥居
許禰(こね)神社の石鳥居の柱には、右に「戦㨗」左に「紀念」と刻まれています。「㨗」は「捷」の異体字ですから左右合わせれば「戦捷紀念」。戦争に勝利したことを称え、末代まで伝えて行こうとの気持ちの高ぶりを感じさせる文字です。
裏側には「明治三十九年十月十五日建之」と刻まれていましたので、ここで言う戦争は、明治38年(1905)~39年(1906)の日露戦争のこと。日本中が勝ち戦に浮かれ、軍国主義に突き進んでいたあの時代です。
裏側には「明治三十九年十月十五日建之」と刻まれていましたので、ここで言う戦争は、明治38年(1905)~39年(1906)の日露戦争のこと。日本中が勝ち戦に浮かれ、軍国主義に突き進んでいたあの時代です。
多くの神社の木製鳥居が石鳥居へと造り替えられた陰には、天皇を現人神(あらひとがみ)とする神社神道が、「国家神道」「戦争賛美」へと利用された忌まわしい時代と為政者たちの思惑があったと思われます。