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2019年09月16日

王子製紙による繁栄④―佐久間に残された遺物

「王子製紙」で使われていた分銅秤 王子製紙が気田工場の操業を開始したのは明治22年(1889)、中部(なかべ)工場は明治32年(1899)。春野には当時の赤煉瓦の建物が残っていますが、佐久間に残るものと言えば・・・?

 「さくま郷土遺産保存館」に展示室にあったのは、「王子製紙」と書いた紙の貼られた「分銅秤」。グルリを見回してみても、他にそれらしいものは見当たらず、佐久間には建物などの遺物は残っていないのでしょうか?

王子製紙事務所跡 佐久間町中部の平賀孝晴さんによれば、「壊しちゃったからね。でも、そこを入って、2本目の角に、王子製紙の事務所だった建物が残っているよ」とのこと。

 庭には木が茂り、建物ははっきりとは覗けませんが、杉板鎧張り(よろいばり)の外壁がレトロです。気田工場が操業停止をしたのは大正12年(1923)、翌13年(1924)には中部工場も閉鎖。残された貴重な遺物が、この鎧張りの建物です。

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