2017年05月16日
北遠の王子製紙⑧―気田川を上る帆掛舟
天竜川を行く帆掛舟の写真はたびたび目にする機会があります。しかし、気田川に浮かぶ帆掛舟となると、その機会はグンと少なくなります
写真は、明治30年(1897)頃の平木(ひらき)付近とされていますが、煙突が立つ建物は王子製紙気田工場。舟の帆には王子製紙を示す「○+王」の印が書かれていたと思われます。橋が架かれば便利になるようですが、橋が邪魔をして帆掛舟が使えません。
下の写真はかなり画質が悪いのですが、平木には吊り橋「鬼瀬橋」が架けられていましたが、王子製紙気田工場は吊り橋の下流でしたので、この吊り橋は邪魔にはなりませんでした。そして、おそらく当時、気田川下流の「久里崎橋」「宮川橋」「犬居橋」「秋葉橋」などは架橋されず、渡船が利用されていたものと推測します。
下るだけの筏(いかだ)なら良いのですが、下った舟は上らなくてはいけません。川を上る動力は、帆に孕んだ風だけでした。
写真は、明治30年(1897)頃の平木(ひらき)付近とされていますが、煙突が立つ建物は王子製紙気田工場。舟の帆には王子製紙を示す「○+王」の印が書かれていたと思われます。橋が架かれば便利になるようですが、橋が邪魔をして帆掛舟が使えません。
下の写真はかなり画質が悪いのですが、平木には吊り橋「鬼瀬橋」が架けられていましたが、王子製紙気田工場は吊り橋の下流でしたので、この吊り橋は邪魔にはなりませんでした。そして、おそらく当時、気田川下流の「久里崎橋」「宮川橋」「犬居橋」「秋葉橋」などは架橋されず、渡船が利用されていたものと推測します。
下るだけの筏(いかだ)なら良いのですが、下った舟は上らなくてはいけません。川を上る動力は、帆に孕んだ風だけでした。