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2017年08月19日

静岡浅間神社を訪ねる⑦―伊豆石と二十四孝

伊豆石 今回の静岡浅間神社訪問で気づいたのは、石垣や石段に使われている石が伊豆石らしいということ。伊豆石は駿府城のお堀の石垣にも使われていることが分かっていますので、浅間神社で使われているのは不思議なことではありません。

伊豆石 念のため境内にある文化財資料館で尋ねてみたところ、「確かに伊豆石です。ただ、補修には伊豆石が使えない所もありますが・・・」とのこと。

 全部は撮り切れませんでしたが、八千戈(やちほこ)神社の二十四孝の彫刻をもう少し紹介しましょう。

「大舜」 【大舜(たいしゅん)】大舜の父はひどく頑固な人でした。また、母はひねくれ者で、弟はとても奢り昂ぶった人でした。しかし大舜はひたすら孝行を尽くす息子だったとのこと。

 それでも、大舜は田を作る仕事を一生懸命にやっていました。ある時大舜が田を耕しに行くと、象が田を耕し、鳥が田の草を取っていました。

 時の皇帝、堯は大舜の孝行な心に感銘を受け、自分の娘を大舜に嫁がせました。後には皇帝の座も大舜に譲ったということです。

「陸績」 【陸績(りくせき)】陸績が6歳の時、袁術という人の所に出かけました。袁術は陸績のためにミカンを用意していました。陸績はそのミカンを3つ袂に入れ、持ち帰ろうとしたところ、袖の袂から蜜柑がこぼれ落ちてしまいました。

 袁術はこれを見て「泥棒のようなことをしますね。幼い人には似つかわしくないことですよ」と言うと、陸績は「あまりに見事なミカンでありましたので、母の恩に報いるため家に持ち帰り、母に食べさせたいと思いました」と言いました。

 これを聞いた袁術は、「幼いのに何という孝行な子供でしょうか。他の人にはなかなか真似のできない心掛けですね」と褒め讃えたということ。

 この2つの話は、親のために子が犠牲になるというような極端なエピソードではありませんでした。



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