› 自然と歴史の中を歩く! › ウォーキング・ぶらり旅・町歩き › 歴史・産業遺産・寺社・文化財 › 鎌田山醫王寺を訪ねる③―山門の親子鶏

2017年10月11日

鎌田山醫王寺を訪ねる③―山門の親子鶏

 醫王寺山門は、弘化4年(1847)、井波彫刻で知られる現在の富山県砺波市から招いた2人の宮大工、井浪甚四郎と井浪久兵衛を住まわせて造らせたとのことでしたが、その後、諏訪立川流の建築彫刻下絵図に、まったく同じ構図の下絵が残されていた事実を知りました。

山門の親子鶏
山門の親子鶏

 ・・・であるとすれば、この山門を建てたのは立川和四郎昌敬(まさよし)である可能性が出て来ます。

 昌敬(1805~1863)は2代目冨昌の娘婿であり、磐田市見付の淡海國玉神社や掛塚も組の旧屋台、掛川市横須賀の三熊野神社や島田の大井神社、静岡の浅間神社の建立にその名を残す宮大工で時代も一致します。

 医王寺山門の親子鶏は、牡丹との取り合わせになっています。



同じカテゴリー(ウォーキング・ぶらり旅・町歩き)の記事

上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
鎌田山醫王寺を訪ねる③―山門の親子鶏
    コメント(0)