浜松市の万葉歌碑を訪ねる②―萩丘の朏三日月稲荷社
「引馬野=浜松市中区曳馬」説の根拠としては、「匂ふ榛原(はりはら)」の「榛」を「萩」と考え、かの賀茂真淵が「曳馬野は浜松である」と説いたのも心強い後押し。
かつて引馬野(曳馬)の中心地であった萩町、現在の浜松市中区萩丘2丁目にある朏(みかづき)三日月稲荷社の横に「引馬野に にほふ榛原 入り乱れ 衣にほはせ 旅のしる志に」の歌碑が建てられています。
その脇には、歌碑を覆うように茂るミヤギノハギも。ここは、まさに「萩丘」。かつて、文明堂で作っていた「曳馬萩筆」も、野口雨情が作詞し、私もよく知っている縣善三郎さんが作曲した童謡「曳馬の萩筆」も、この万葉歌に基づくものです。
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