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2018年09月07日

大嵐駅、夏焼隧道を訪ねる⑤―大原トンネル

大原トンネル 昭和11年(1936)末、三信鉄道「大嵐(おおぞれ)駅」として開業したのが、現在のJR飯田線「大嵐駅」。同時に開業した「白神駅」「天龍山室駅」「豊根口駅」と天竜川沿いのルートは、佐久間ダム建設のため、当時の「佐久間駅」(現在の「中部天竜駅」)までの旧線区間が廃止され、現在の水窪を大きく回る新線へと変更されました。その旧線付け替えのため新たに掘削されたのが5,063メートル、飯田線最長の「大原トンネル」です。

 トンネルとトンネルとに挟まれた狭い構内の「大嵐駅」プラットホームは、「大原トンネル」側に偏って設置され、その南端はトンネルの中に入っています。また、分岐器もトンネル内にまで入り組み、列車の停車位置は、駅舎の前ではありません。

 すべては、旧線のルート変更のため。かつては真っ直ぐに南下していたルートを大きく東に変えたため、豊橋駅に向かう列車は「大原トンネル」に入ってすぐに左に大きなカーブを切ることになります。

「竣功慰霊」碑 トンネルの北側坑口脇に「竣功慰霊」碑が建てられているということは、「大原トンネル」の工事中に犠牲者が出たということでしょうか?石碑の形は大きなショベルの形。

 アメリカから大型重機を導入して短期間での竣工を成し遂げた佐久間ダム工事と並行して行われていた飯田線のルート変更。13.3キロの旧線ルートは、17.3キロの大きく迂回する新線ルートへと変更されたのは、昭和30年(1955)11月11日のことでした。



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