2018年02月13日
天白・天伯神社を訪ねて⑤―白山神社境内の石仏、石碑群
前回訪問した沢井の薬師堂でもそうでしたが、南野田・白山神社境内に並ぶ石仏、石碑群は神仏習合の様相。馬頭観音、聖観音などの石仏に雑じり、庚申塔や「秋葉山大権現 金毘羅大権現」「猿田彦大神」の文字碑も並んでいます。
北遠ではしばしば見かける「秋葉山大権現 金毘羅大権現」の神号碑は、かつて焼き畑農業が中心だった時代に火の神、水の神を祀った名残り。「金刀比羅神社」と刻まれている碑は、神仏分離令、修験宗廃止令以降の明治時代の建立です。
石碑の横には、紅白の御幣が倒れていましたが、これらはおそらく山の神に供えたもの。北遠の他の地域で11月7日に行われている「山の講」ですが、佐久間では12月7日だったはず。私が訪れたのは12月9日でしたから、「山の講」の2日後だったのです。
南野田でも天伯神社は、山の神と見なされていたのかも知れません。
北遠ではしばしば見かける「秋葉山大権現 金毘羅大権現」の神号碑は、かつて焼き畑農業が中心だった時代に火の神、水の神を祀った名残り。「金刀比羅神社」と刻まれている碑は、神仏分離令、修験宗廃止令以降の明治時代の建立です。
石碑の横には、紅白の御幣が倒れていましたが、これらはおそらく山の神に供えたもの。北遠の他の地域で11月7日に行われている「山の講」ですが、佐久間では12月7日だったはず。私が訪れたのは12月9日でしたから、「山の講」の2日後だったのです。
南野田でも天伯神社は、山の神と見なされていたのかも知れません。