2017年06月30日
北遠の馬頭観音⑥―富士馬頭観音

むかしから、いぼとり観音のおまつりは、それはそれはにぎやかであった。
この日はいぼとり観音さまを、近くの十二所神社の広場に持ち出しておまつりし、その広場前の路上で、村人たちは草競馬を楽しんだ。
むかしはどの家にも、農耕用の馬が飼われていた。そこで飼い主たちはその馬に、思い思いの趣向をこらして飾りつけ、
シャン、シャン、シャン、
と、鈴の音も高らかに、たづなを引いて、このまつりにやってきた。
集まったたくさんの馬たちは、ヒヒーン、ヒヒーン、といなないて、路上を走り回ったり、騎手と見物人が入り混じって、十二所神社前の広場は、大変なにぎわいであった。

ところが富士は、そこここに立てられた紅白の幟が、はたはたと、風に踊っているのを見て、びっくりした。
富士は、ヒヒーンといなないて、大きく前足をあげたと見るや、道下の田んぼに、ドーと落ちて、そのまま動かなくなった。
下男はさんざん苦労したあげく、なんとか馬を連れ帰って、一心に看病したが、富士はとうとうその夜のうちに死んでしまった。
(主人の大切な馬を殺してしまった。自分がねんごろに世話してきた馬を、殺してしまった。)
下男は無念さに泣きながら、馬の落ちた道ばたに観音さまをたて、『富士馬頭観音』と刻んで、その霊をなぐさめた。
今でもその観音さまは、十二所神社の広場前にひっそりとたち、村人たちは季節の草花を供えて通る。(「ふるさとものがたり天竜」より)
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十二所神社と近くの畑の脇に祀られていた馬頭観音です。これが、言い伝えの「富士馬頭観音」でしょうか?