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2017年06月05日

三信鉄道のアルバム③―「第貮大千瀬川千参径間六十呎桁送出シ図」

第二大千瀬川橋梁 「第貮大千瀬川千参径間六十呎桁送出シ図」と裏書された写真の説明です。○の部分は文字が消えて読めない訳ではなく、私の力不足で読めないだけ。第二大千瀬川橋梁建設作業の難しさが書かれています。

第二大千瀬川橋梁重垂ニハ六十呎桁ト今桁尾締ニ十五呎桁ヲ七分ボールト六本ニテ取ケ 六十ト六十トノ連結ニハ上部角桿直下ニ七分ボールト十二本ヲ以テ 腹鈑ヲ両側ヨリ添鈑ヲ当充分ニ締付ケ 垂桁前○ヨリ約四呎ヲ中心トシテ 髙約八呎ノ槽ヲ組立テ四角柱下ニテ小ジャッキ四箇ヲ置キ 槽上ヨリ六十○々二條ヲ一ハ吊出桁最前締ヲハッカーレールニテ懸ケ 一.垂桁后締ヨリ約十五呎ノケ新ニ抱レールニテ取付ケレール接○ 三.六十○度接○鈑ヲ其ノママ用ウ○七分四本ニテ締付ケ 吊レール○連結ボールトノ荷重ヲ約平均ニ働○○為メニ前後ノ小ジャッキヲ以テ加減ヲ取リ 送リ出シニハ巻出ウエンチ一台オシミウエンチ一台ヲ用ウ 人夫約十名ニテ桁現場到着ヨリ据付終了迄デ約一日五(三?)分ノ一ヲ要セリ

第二大千瀬川橋梁 「1呎=1フィート=0.3048 メートル」。60フィートですので、約18メートルの桁を少しずつ前にせり出す作業だったのでしょう。ボルトは7分。「1分(ぶ)=1/100 尺=1/10 寸=3.03ミリメートル」ですので、約2.1センチ。長さではなく、太さでしょうか?工事は、昭和9年(1934)の開通前に行われましたので、大型クレーンなどの重機はなく、このように、「送出し」という工法を取るしかなかったのだと思います。

 「三信鉄道」時代の鉄橋数は「97」と言われていますが、現在の「飯田線」全線での鉄橋数は「410」。こんな作業が、連日のように行われていたのです。


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