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2017年06月11日

諏訪立川流が好んだ「力神」①―秋葉神社上社随身門

秋葉神社上社随身門 愛知県の知多半島にある半田市で秋に催される「半田山車祭り」で曳き回される「力神車」に関する記述の中に「遠州秋葉山に参拝した時、山門にある力神を見て日頃懇意にしたる方丈に作者を聞きたるに諏訪の和四郎と言われ、方丈の添書をもらい、諏訪に至り、和四郎冨昌に依頼せり。力神が出来たる時冨昌背負い来り、以来文政十年三月より十二月九月迄当地に於て力神車、神楽車、花王車を造る」とあるのを知りました。

 秋葉山の山門と言えば、現在、秋葉神社随身門とされているあの門。力神とはその名の通り「力持ちの神」。建物の屋根などを支える筋肉隆々の男性像であり、古くは法隆寺の五重塔にも見られるとのこと。であるとすれば、私が「天邪鬼」だと思っていた、あの像でしょうか?

随身門の力神 調べてみると、天邪鬼と力神とは同じだとしているものもあれば、仏教の世界を守護する四天王に踏みつけられている悪鬼であり、力神は日本古来の神であるとしているものもあります。また、双方が習合されたものとしているものもあり、神仏混淆の時代にはさほどの区別をしていなかったのかも知れません。

 秋葉山随身門には、現在3体の力神が残っています。





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