旧東海道御油宿から赤坂宿まで歩く⑮―地名の由来
御油から赤坂まで歩いて行き、赤坂から御油まで歩いて帰りました。そもそも、御油の地名の由来は何なのでしょう?石油が湧く油田でもあったのでしょうか?
これについて、やはり大橋屋でガイドをしていた方に伺ったところによれば、持統天皇が宮路山に行幸された時、油を献上したという伝説に由来するとのこと。ここで言う「油」とは石油ではなく椿油。
そして、「『ブラタモリ』視てる?」と聞かれましたので、「もちろん」と答えましたが、「じゃあ、赤坂の地名の由来も知ってるよね?」と言われ・・・
その回は視ていませんでしたので答えられられませんでしたが、東京の赤坂の地名由来について、タモリは「関東ローム層の赤土が露出している坂」と紹介したとのこと。そして、「ここの赤坂も赤土が由来らしい」と教えていただきました。納得!
現在の豊川市御油町、豊川市赤坂町は合併以前はともに宝飯郡音羽町。地名由来に関わる写真は撮れませんでしたので、ここでも豊川市のマンホール蓋でごまかさせていただきました。
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