2021年12月06日

冬の蛍

森の童話館

 ジングルベルの調べや呼び込みの声…クリスマスが近い冬の夜、幸ちゃんは、お母さんと一緒に、華やいだ街へ買い物に出かけました。「ねえ、お母さん。ウキウキするような音楽が聞こえる」と、幸ちゃんが言いました。「そうね。賑やかね」と、お母さんが答えました。「プレゼントやチキンの箱を抱えた親子がたくさん歩いているわ。若いカップルも手をつないで楽しそう。ぶつからないようにしなくてはね」。幸ちゃんは生まれたときから目が不自由でしたので、お母さんは街の様子をできるだけ分かりやすく伝えようとしました。「ここは、デパートの前の広場。真ん中に大きなクリスマスツリーが立っていてね、赤や黄色や青などの電球が何百も何千もピカピカ光っているのよ。ツリーの下には、鼻が光ったトナカイさんもいるわ」。「ふーん。電球がピカピカね」と、幸ちゃんはお母さんの言葉を繰り返しました。「蛍みたい?」と、聞いてみました。「そうね。幸子は蛍って知ってたっけ?」「うん。夏休みに蛍のことを聞いたことがある。一度でいいから見てみたいけど、それは無理だしね。きっと、きれいなんだろうな」。

 人波を避けながらゆっくり歩いていくと、ガード下で声をかけられました。「募金に協力をお願いしまーす」と、少年は言いました。「おい、止せよ。目が見えない人だぜ」と、別の少年が幸ちゃんに気づいて小声で止めました。「かまわないさ。あのう、もし幸せだったら、その幸せを分けてあげてください」と、先の少年はためらうことなく続けました。幸ちゃんはニッコリ笑ってお母さんの手を引き「ねえ、お母さん。私、今とても幸せな気分だから、その幸せを分けてあげて。お願い」と、頼みました。お母さんは、バッグからお金を取り出して、募金箱に入れました。少年は、幸ちゃんの手を取り「ありがとうございました」と言いながら、クリスマスカードを一枚渡しました。「わっ、冷たい」幸ちゃんは思わず手を引っ込めました。でも、少年はもう一度幸ちゃんの手を握り「きれいなカードだから、持って帰って」と、言いました。「何か描いてありますか?」「うん。真ん中に雪をかぶったモミの木があって、星が輝く夜空をサンタがソリに乗って飛んでいるんだ。星がピカピカ光ってる」と、少年は言いました。「また、ピカピカか。それって、蛍みたい?」と、聞いてみました。「蛍を知ってるの?」「うん。聞いたことがあるんだけど。でも、見てみたいな」と、幸ちゃんはつぶやきました。「僕も見せてあげたいけど」と、少年は言いました。「ありがとう。でも、無理よね」と、幸ちゃんは言いながら、そこを離れました。

 少年は幸ちゃんのことが気になりました。「蛍か。何とかしてあげたいな」と、思いました。幸ちゃんも少年のことが忘れられません。「また、会えるといいな」と、思いました。

 次の日、幸ちゃんは「もう一度、あの子に会いたいの。お母さん、お願い。街に連れて行って」と、頼みました。お母さんは嬉しそうに笑ってうなづき、幸ちゃんの手を引き、同じ時間に同じガードの下に足早に向かいました。少年は夕べと同じように、募金箱を抱えて、立っていました。幸ちゃんに気づいた少年は「待っていたんだ。まさか、本当に会えるなんて」と、声をかけました。幸ちゃんにも、夕べの少年だということが、すぐに分かりました。「これを渡したくて」と、少年は幸ちゃんに、新しいカードを渡しました。手作りのカードです。夜空に星ではなく蛍が舞っている絵が描かれていました。「昨日の話を聞いて、冬の蛍の絵をどうしても描いてみたくなって、描いたら渡したくなって、神様にお願いして待っていたんだ。僕からのクリスマスプレゼント!」と、少年は言いました。幸ちゃんも、お母さんにお願いして、連れてきてもらったことを話しました。

 そのとき、空から白いものが舞い降りてきました。ハラハラと舞ってきました。雪が幸ちゃんの頬や手のひらに触れました。「わっ、冷たい。ねえ、雪?」と、幸ちゃんは聞きました。少年は少し考えたあとで「雪だけど、羽が生えていてフワフワと舞い上がっている。そう、蛍だよ。これが冬の蛍だよ」と、力強く言いました。「そうなの?これが蛍なの?そうよね。これが蛍よね。私、蛍が見えたわ。今ね蛍がピカピカ光りながら舞っているのが初めて見えた気がする。幸せ!」と、小さな声で言いました。冬の蛍が、幸ちゃんと少年の握り合った手と髪にやさしくやさしく降りかかりました。



同じカテゴリー(ようこそ!「森の童話館」へ)の記事
ランラン森気分
ランラン森気分(2021-08-17 06:15)

折りづる
折りづる(2021-08-15 04:30)

修平さんの紙飛行機
修平さんの紙飛行機(2021-08-14 05:42)


Posted by AKG(秋葉観光ガイド)の斉藤さん at 04:34│Comments(0)ようこそ!「森の童話館」へ
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
冬の蛍
    コメント(0)