2018年02月16日

光明山「奥の院跡」を訪ねる⑦―奥の院跡

古い絵葉書「奥之院 摩利支天堂」 磐田の佐口行正さんが収集した「遠州光明山繪葉書」の中に、「奥之院 摩利支天堂」の1枚があります。

奥の院跡 実際に「奥の院跡」に立ってみると手水鉢だけが残され、思いのほか狭い感じ。しかし、向って右側に岩がそそり立っていましたので、絵葉書に掲載されている写真の場所に違いないと思います。

そそり立つ岩 このわずかばかりの敷地に2層のお堂が建ち、多くの参詣客で溢れていたことになります。

 摩利支天とは、陽炎を神格化した女神。戦勝祈願の仏として信仰され、出陣に際しては鎧の中に秘めてお守りとされた軍神ですが、穀豊穣の農業神とも言われています。



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