浜名区堀谷の里を歩く⑭―茶園跡
元々、堀谷の里は土砂崩れや水害に見舞われた歴史が言い伝えられている所。家の周囲に小さな畑はありましたが、栽培されているのは自家用と思われる程度の野菜。では、堀谷の主産業は何だったのでしょう?
地元の人から聞いた話によれば、小堀谷のように石灰岩の算出や養蚕などは行われず、「薪と炭だったね」とのことでしたが、少し上の地域には茶園跡と思われる斜面が残っていました。
そして、柿やシキミも栽培されてはいるようでしたが、農家としてやっていけるほどの面積ではありません。地元の人は「引佐農業高校まで自転車で通ったよ」と笑顔で話してくれた人もいらっしゃいましたが、この先のことを考えると・・・
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