小笠山に登り「六枚屏風」まで歩く⑩―多聞神社
さらに、その先にあったのは多聞(多聞天)神社。鳥居の横には看板が建てられ、神社についての解説が書かれていました。
多聞神社(神の名はわからない)
いいつたえによると徳川時代のはじめに浅羽村の、芝の河村平馬の子、小太夫は笛を吹くことが、上手で十五の時に小笠山に登ったままわからなくなった。
心配した母に夢で小笠山の多聞天になると告げた。
病人があると夢で、薬を教えききめがあるので、ここにまつったといわれる。
・・・とのこと。一部の文字が消されていましたが、古いデータで検索すると、こんな内容。祭神については、小笠山に天狗が住んでおり、その天狗を多聞天として祀ったともされています。
多聞天とは、祭神というよりも仏教の守護神。そうと知って、小笠神社の屋根の隅鬼や降り鬼に葉団扇が見られたのも、多聞(多聞天)神社と関係があるのかも知れません。
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