東海道・小夜の中山峠を歩く⑰―夜泣石跡
歌川廣重の浮世絵版画「東海道五十三次之内 日坂 佐夜ノ中山」で一躍日本中に知れ渡ることになった「夜泣石」伝説。元はと言えば、「小夜の中山」峠のほぼ中央にある佐夜山久延寺が舞台となっている言い伝えです。
「夜泣石跡」の碑は、道の左、南側に建てられていましたが、元はと言えば北側にある浮世絵碑で見られるように坂の底部の真ん中にあり、道を塞いでいたようです。
そんな「夜泣石」は、「明治天皇御東幸のみぎり道路脇に寄せられた。その後明治初年東京で博覧会があり、出品された帰途、現在の位置に移る」。これが現在、県道415号日坂沢田線(旧国道1号)「小夜の中山トンネル」東口に「夜泣石」がある理由。
そして、浮世絵に描かれている松はと言えば、道端に転がっていたのはテーダマツの松毬と3本松葉。日坂宿に近づいた辺りでは比較的樹齢の若い杉とヒノキが植えられていました。
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