東海道・小夜の中山峠を歩く⑩―佐夜鹿神明神社と鎧塚
旧東海道の左、つまり南側に見えた石鳥居―「佐夜鹿 神明神社」と書かれた額が掲げられています。
おそらく、この佐夜鹿神明神社は小夜中山の氏神様。ただ、珍しいと思ったのは、鳥居が旧東海道に面して建てられているため、北から南へと向かってくぐることになること。しかし、神明神社の社殿は、ごく普通。南向きに建てられていました。
神明神社の西側に建てられていたのは「鎧塚」と刻まれた石柱。解説看板によれば・・・
建武二年(一三三五年)北条時行の一族名越太郎邦時が、世に言う「中世代の乱」のおり京へ上ろうとして、この地に於て足利一族の今川頼国と戦い、壮絶な討ち死にをした。
頼国は、名越邦時の武勇をたたえここに塚をつくり葬ったと言われる。
・・・とのことです。
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