写真で振り返る水窪の林業①―古い絵葉書に残る川狩り
ある日、水窪からの電話。「昔の水窪の林業風景が写された写真があるけど、見たい?」とのことです。もちろん、断る理由などありません。そして、アルバムに貼られた数々の写真を複写させていただくことができましたので、紹介したいと思ます。
先ずは「川狩り」風景の写真が印刷された古い絵葉書。「水窪川水力電氣發電用水路利用運材路放水川狩ノ實况」と「水窪川流材防止楯枠(約五千尺締)堰止ノ實况」の2枚。「実況」書かれるところは「實冫兄」とされています。
「川狩り」とは、川の流れを利用して木材を運ぶ運材方法。一定の長さに玉切りされた丸太を、筏に組まずに川へと流しました。
ただし、「川狩り」が行われたのは水窪川であり、天竜川と合流地点、西渡(にしど)からは筏に組まれました。そのため、大正7年(1918)~13年(1924)頃、木材の出水流出防止のため、水窪川に通称「アバ」と呼ばれた「楯枠」が設けられたそうです。
以前、「さくま郷土遺産保存館」で見た解説によれば、木材を組んで造った「楯枠」と呼ぶ箱型の構造物の中に石を詰め木がそのまま天竜川に流れ出さないように貯木したとのこと。
この古い絵葉書に残る「川狩り」は、北遠の林業が活況を迎えていた時代の風景。かつての林業は絵葉書にされるほどの花型産業だったのです。
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