小畑招魂社の社殿右奥には、少し小さな覆い屋の中に社が納められ、「高木勝一霊神」の札が掛けられいます。この霊神こそが、小畑招魂社創建に尽力した人。諏訪神社境内には、高木勝一さんが残した歌碑が奉納されています。
「もとよりも君に さゝけしこのからた つなきとめしは 神のみめくみ」「歩兵二等兵勲八等 高木勝一」。「日露 凱旋紀念」と刻まれています。高木さんは戦場から生還していますので、小畑招魂社には祀られず、社殿外に「高木勝一霊神」が鎮座しているのは、そんな理由だと思います。
「招魂」とは「死者の魂を呼び戻して鎮めること」。その「死者の魂」には「護国」「靖国」の意味が含まれ、国家神道の支柱として「鎮魂」「慰霊」から「顕彰」の場へと変質し、「国のために命を捧げる」行為が美化されて来ました。
全国各所に建てられた忠魂碑が、戦争賛美を理由にGHQから撤去命令が出された時代にも関わらず、山間の里、水窪の片隅の小畑招魂社は戦後に創建されました。