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光明寺に残る参道の遺物③―「山科賢次郎」
AKG(秋葉観光ガイド)の斉藤さん
2018年03月13日 05:51
「登山里程元標」「○藤萬蔵」と刻まれた石柱と同じ場所には、「山科賢次郎」の名も見られます。 住所として「名古屋市○区沢」の文字が刻まれていますが、「山科賢次郎」が何者であるかについては不明です。
先に紹介した「尾州キヨス本町 柴山藤蔵」と「○藤萬蔵」はともに名古屋の人。この「山科賢次郎」も同じ名古屋の商人だったとすれば、「水の神」である光明山の信仰は、「火の神」秋葉山同様、愛知県で厚かったことが想像されます。
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