旧道八丁坂と舗装道路との交差地点に「塩の道」の石の道標が建てられ、道標の足元には「八丁坂」の古い解説看板が立て掛けられています。
「現在の国道152号線が完成されない以前信州と相良を結ぶ物資交流のみちとして天竜川を上下する船から揚げられた水窪方面への荷物は「浜しょい」人夫によりこの坂を峠の荷継ぎ場迄運ばれたと言われている」
北遠を通る秋葉街道、信州街道を「塩の道」と呼ぶことには異論もありますが、「塩」を物資全般の代表と考えれば、少しは納得できるかも知れません。
1段高い所に建てられている古い石造物は2基。ともに文字が風化で読み取りにくいのですが、向かって右には「庚申塔」、左には「西國三十三○○○○」。庚申信仰や西国三十三カ所巡礼が盛んだった北遠らしい石造物です。